強制実施権(他の使用 31条)と医薬品輸出の特例(31条の2・附属書)きょうせいじっしけんといやくひんゆしゅつのとくれい
強制実施権(他の使用)とは、TRIPS協定31条が、加盟国の国内法令で特許権者の許諾を得ていない特許の対象の使用(政府又は政府の許諾を受けた第三者による使用を含む)を認める場合に、(a)から(l)までの条件を尊重することを求める仕組みです。医薬品輸出の特例とは、31条の2と附属書が、医薬品の生産能力が不十分か無い加盟国へ輸出するための強制実施許諾について、31条(f)の国内市場への供給の義務と(h)の報酬の義務を調整した制度です。
感染症が広がっているのに、特許を持つ製薬会社が薬を十分に供給してくれないとき、政府が他の会社に製造を認める仕組みが強制実施権です。各国が好き勝手に特許を使わせては特許の価値がなくなるので、TRIPS協定31条は、強制実施権を認めるなら守るべき条件を(a)から(l)まで細かく並べました。しかし自国に製薬工場のない国は、自国で強制実施権を出しても薬を作れません。そこで平成17年に採択され平成29年に効力を生じた改正議定書で31条の2と附属書が加わり、他の加盟国が輸出のために強制実施権を出せるようにしました。

他の使用は、個々の当否で判断し、事前に合理的な商業上の条件で許諾を得る努力をして合理的な期間内に成功しなかった場合に限り認められますが、緊急事態と公的な非商業的使用では免除できます
31条は、特許権者の許諾を得ていない特許の対象の他の使用(30条で認められる使用以外の使用で、政府又は政府の許諾を受けた第三者による使用を含みます)を国内法令で認める場合に守る条件を定めます。(a) 許諾は個々の当否に基づいて検討します。(b) 使用者となろうとする者が合理的な商業上の条件の下で特許権者から許諾を得る努力を行い、合理的な期間内にその努力が成功しなかった場合に限り認めることができますが、加盟国は国家緊急事態その他の極度の緊急事態の場合又は公的な非商業的使用の場合にこの要件を免除することができます(緊急事態では合理的に実行可能な限り速やかに、公的な非商業的使用では有効な特許の使用を知ったときに速やかに、特許権者に通知します)。そこで「加盟国は、国家緊急事態その他の極度の緊急事態の場合又は公的な非商業的使用の場合に、上記規定に定める要件を免除することができる」という枝は正しく、「いかなる場合も、事前に、使用者となろうとする者が合理的な商業上の条件の下で特許権者から許諾を得る努力を行って」成功しなかった場合に限るという枝は誤りです。(c) 範囲及び期間は許諾された目的に対応して限定され、半導体技術については「公的な非商業的目的のため又は司法上若しくは行政上の手続の結果、反競争的と決定された行為を是正する目的のために限られる」という枝は正しいです。パリ条約5条A(2)が不実施等の濫用を防ぐための強制実施権を定めるのに対し、31条は許諾の理由を限定せず、代わりに手続と効果の条件を細かく定める構造です。
許諾は非排他的で、企業・営業の一部と共にでなければ譲渡できず、主として国内市場への供給のためのものですが、反競争的行為の是正なら(b)と(f)を外せます
(d) 他の使用は非排他的なものとされ、排他的な許諾は認められません。(e) 当該使用を享受する企業又は営業の一部と共に譲渡する場合を除くほか、譲渡することができません。(f) 他の使用は主として当該使用を許諾する加盟国の国内市場への供給のために許諾されます。(k) 司法上又は行政上の手続の結果反競争的と決定された行為を是正する目的で許諾される場合には、加盟国は(b)及び(f)の条件を適用する義務を負わず、報酬額の決定に当たり反競争的な行為を是正する必要性を考慮することができ、その状況が再発しそうなときは取消しを拒む権限を当局に与えます。「反競争的と決定された行為を是正する目的のために他の使用が許諾される場合には、上記規定に定める条件を適用する義務を負わない」という枝は正しく、報酬額の決定に当たり「反競争的な行為を是正する必要性を考慮してはならない」という枝は誤りです。(l) 他の特許(第1特許)を侵害せずには実施できない特許(第2特許)の実施のための許諾も、第2特許の発明が第1特許の発明との関係で相当の経済的重要性を有する重要な技術の進歩を含むこと、第1特許の権利者が合理的な条件でクロスライセンスを受けられること、第1特許についての使用は第2特許と共にでなければ譲渡できないことの追加の条件の下で認められるので、「他の特許を侵害することなしには実施することができない特許の実施を可能にするために、いわゆる強制実施権が許諾されてはならない」という枝は誤りです。
- (a) 個々の当否許諾は個々の当否に基づいて検討します
- (b) 事前の努力合理的な商業上の条件で許諾を得る努力が合理的な期間内に成功しなかった場合に限ります。国家緊急事態・極度の緊急事態・公的な非商業的使用では免除できます
- (c) 範囲と期間許諾された目的に対応して限定します。半導体技術は公的な非商業的目的と反競争的行為の是正に限ります
- (d)(e) 非排他的・譲渡不可排他的にはできず、企業又は営業の一部と共にでなければ譲渡できません
- (f) 国内市場主として許諾する加盟国の国内市場への供給のために許諾します。31条の2の輸出の許諾と(k)の反競争的行為の是正では適用しません
- (g) 取消し状況が存在しなくなり再発しそうにない場合に、許諾を得た者の正当な利益の保護を条件として取り消すことができます
- (h) 報酬許諾の経済的価値を考慮した個々の場合における状況に応じた適当な報酬です
- (i)(j) 審査許諾の法的な有効性と報酬の決定は、司法上の審査又は別個の上級機関による他の独立の審査に服します
- (k)(l) 特則反競争的行為の是正では(b)(f)を適用せず、利用発明の実施のための許諾は追加の条件の下で認められます
許諾をもたらした状況が消滅して再発しそうにない場合は正当な利益の保護を条件に取り消すことができ、許諾と報酬の決定は司法上の審査又は別個の上級機関の審査に服します
(g) 他の使用の許諾は、その許諾をもたらした状況が存在しなくなり、かつ、その状況が再発しそうにない場合には、許諾を得た者の正当な利益を適切に保護することを条件として取り消すことができるものとされ、権限のある当局は理由を付した申立てにより状況の存続を審査する権限を有します。「当該他の使用の許諾を得た者の正当な利益を適切に保護することを条件として、取り消すことができる」という枝は正しく、「即時かつ無条件でこれを取り消さなければならない」という枝は誤りです(取消しは義務ではなく、許諾を得た者の投資を保護する条件も付くからです)。(h) 特許権者は、許諾の経済的価値を考慮し、個々の場合における状況に応じ適当な報酬を受けます。(i) 許諾に関する決定の法的な有効性と、(j) 報酬に関する決定は、いずれも加盟国において司法上の審査又は他の独立の審査(別個の上級機関によるものに限る)に服します。報酬に関する決定が「司法上の審査及び他の独立の審査のいずれにも服しない」という枝は誤りです。審査は司法に限らないので、司法機関が審査しなければならないという枝も誤りです。日本の特許法83条・92条・93条の裁定は、答弁書の提出や審議会への諮問、対価の支払、裁定の取消し(90条)を定めて、この31条の条件を満たしています。

31条の2は、輸入する資格を有する加盟国へ医薬品を輸出するための強制実施許諾に(f)を適用せず、報酬は輸入国にとっての経済的価値を考慮して輸出国で支払います
31条の2第1項は、附属書2に定める条件に従い、輸出加盟国が医薬品を生産し輸入する資格を有する加盟国に輸出するために必要な範囲で与える強制実施許諾について、31条(f)に基づく輸出加盟国の義務を適用しないと定めます。国内市場への供給が主でなければならないという条件を外さないと、全量を輸出する許諾が出せないからです。「輸入する資格を有する加盟国Yのために医薬品を生産し、及びそれを加盟国Yに輸出するために必要な範囲において加盟国Xが与える強制実施許諾については、適用しない」という枝は正しいです。第2項は、この制度の下で輸出加盟国が強制実施許諾を与える場合に、輸出加盟国において許諾されている使用が輸入する資格を有する加盟国にとって有する経済的価値を考慮して、31条(h)の適当な報酬を輸出加盟国において支払うと定めます。「当該輸出加盟国において許諾されている使用が当該輸入する資格を有する加盟国にとって有する経済的価値を考慮して」適当な報酬が輸出加盟国で支払われるという枝は正しいです。同じ医薬品について輸入する資格を有する加盟国でも強制実施許諾を与える場合、輸出加盟国で報酬が支払われる医薬品については輸入国に(h)の義務を適用しないので、二重払いを避ける趣旨で「特許権者が個々の場合における状況に応じ許諾の経済的価値を考慮した適当な報酬を受けることを尊重する義務を適用しない」という枝は正しいです。第3項は、後発開発途上国が半数以上を占める地域貿易協定の域内への輸出について(f)を適用しない特則、第4項はこの条と附属書に従ってとられた措置を1994年のガット23条1(b)及び(c)(非違反申立て)に基づいて争わないこと、第5項は(f)と(h)以外の権利・義務・柔軟性を害さないことを定めます。

附属書は、輸入する資格を有する加盟国の範囲、輸出の許諾に付ける条件、通告、再輸出の防止、技術移転の促進を定め、通告は世界貿易機関の内部機関の承認を要しません
附属書1は、「医薬品」を公衆の健康の問題に対処するために必要な医薬分野の特許製品又は特許方法により製造された製品(製造に必要な有効成分と使用に必要な診断用のキットを含む)と定め、「輸入する資格を有する加盟国」を、後発開発途上加盟国と、制度を輸入国として利用する意図を貿易関連知的所有権理事会に通告したその他の加盟国とします。通告は全面的にも、国家緊急事態の場合だけのように限定的にもでき、日本や米国などは輸入国としては制度を利用しないと表明しています。附属書2は、31条の2第1項の条件として、(a) 輸入する資格を有する加盟国が必要な医薬品の名称と予想数量、医薬分野の生産能力が不十分か無いこと(後発開発途上加盟国を除く)、自国で特許があるときは強制実施許諾を与えたか与える意図を理事会に通告すること、(b) 輸出加盟国の強制実施許諾に、輸入する資格を有する加盟国のニーズを満たすために必要な量のみを生産しその全量を通告した加盟国へ輸出すること、特定のラベル又はマークによりこの制度の下で生産されたものとして明確に特定すること、船積みが始まる前に各仕向地への供給量と医薬品の特徴をウェブサイトに掲示することの条件を含めること、(c) 輸出加盟国が許諾の付与と条件を理事会に通告することを定めます。「特定のラベル又はマークを付することにより」制度の下で生産されたものとして特定するという枝は正しいです。これらの通告は制度を利用するために世界貿易機関の内部機関による承認を必要としないと注で了解されているので、通告が「世界貿易機関の内部機関によって承認される必要がある」という枝は誤りです。附属書3は、輸入する資格を有する加盟国が自国のとり得る手段の範囲内で、行政上の能力と貿易の転換の危険度に応じて、実際に輸入された医薬品の再輸出を防止する合理的な措置をとることを定めるので、「当該制度の下で自国の領域に実際に輸入された医薬品の再輸出を防止するための合理的な措置をとらなければならない」という枝は正しいです。附属書4は制度に反して転換された製品の輸入・販売を防ぐ法的手段の確保、附属書5は地域特許の制度の促進、附属書6は医薬分野における技術の移転と能力の開発の促進を定めるので、「医薬分野における技術の移転及び能力の開発を促進することが望ましいことを認める」という枝は正しいです。附属書7は理事会による毎年の運用の検討です。
- 輸入する資格を有する加盟国(附属書1(b))後発開発途上加盟国と、輸入国として利用する意図を理事会に通告した加盟国です
- 輸入国の通告(附属書2(a))医薬品の名称と予想数量、生産能力が不十分か無いこと、自国での強制実施許諾の付与又は意図を通告します
- 輸出の許諾の条件(附属書2(b))必要な量のみの生産と全量の輸出、ラベル又はマークによる特定、船積み前のウェブサイトへの掲示です
- 輸出国の通告(附属書2(c))許諾の付与と条件(許諾を得た者、医薬品、数量、仕向国、期間、ウェブサイト)を理事会に通告します。承認は不要です
- 再輸出の防止(附属書3)輸入国がとり得る手段の範囲内で合理的な措置をとり、困難な途上国には先進国が技術的・資金的協力をします
TRIPS協定31条加盟国の国内法令により,特許権者の許諾を得ていない特許の対象の他の使用(政府による使用又は政府により許諾された第三者による使用を含む。)(注)を認める場合には,次の規定を尊重する。
試験ではこう問われる
- (b) 事前の努力は国家緊急事態・極度の緊急事態・公的な非商業的使用で免除できる。「いかなる場合も」事前交渉が要るという枝も、いかなる場合も努力義務がないという枝も誤り
- (c) 範囲と期間は目的に対応して限定。半導体技術は公的な非商業的目的と反競争的行為の是正に限る
- (d) 非排他的で、排他的な許諾は認められない。(e) 企業又は営業の一部と共にでなければ譲渡できない
- (f) 主として国内市場への供給のため。(k) 反競争的行為の是正なら(b)(f)を適用せず、報酬の決定で是正の必要性を考慮「できる」
- (g) 状況が消滅し再発しそうにない場合に、正当な利益の保護を条件として「取り消すことができる」。「即時かつ無条件でこれを取り消さなければならない」という枝は誤り
- (i)(j) 許諾の有効性と報酬の決定は司法上の審査「又は」別個の上級機関による独立の審査に服する。司法機関に限るという枝も、いずれにも服しないという枝も誤り
- (l) 利用発明のための許諾は追加の条件の下で認められる。許諾されてはならないという枝は誤り
- 31条の2は輸出のための強制実施許諾に(f)を適用せず、報酬は輸入国にとっての経済的価値を考慮して輸出国で支払う。附属書の条件は必要な量のみ・全量輸出・ラベル又はマーク・船積み前のウェブサイト掲示で、通告にWTOの内部機関の承認は不要
この用語が問われた枝
他の使用は、他の使用に先立ち、使用者となろうとする者が合理的な商業上の条件の下で特許権者から許諾を得る努力を行って、合理的な期間内にその努力が成功しなかった場合に限り、認めることができると規定されているが、加盟国は、国家緊急事態その他の極度の緊急事態の場合又は公的な非商業的使用の場合に、上記規定に定める要件を免除することができると規定されている。
他の使用は、主として当該他の使用を許諾する加盟国の国内市場への供給のために許諾されると規定されているが、加盟国は、司法上又は行政上の手続の結果反競争的と決定された行為を是正する目的のために他の使用が許諾される場合には、上記規定に定める条件を適用する義務を負わないと規定されている。
特許権者の許諾を得ていない特許の対象の他の使用の許諾は、その許諾をもたらした状況が存在しなくなり、かつ、その状況が再発しそうにない場合には、当該他の使用の許諾を得た者の正当な利益を適切に保護することを条件として、取り消すことができる。
特許権者の許諾を得ていない特許の対象の他の使用について提供される報酬に関する決定は、加盟国において司法上の審査及び他の独立の審査のいずれにも服しない。
枝ごとの解説と条文は肢別演習で読めます。
この用語で問われた枝を、解説つきでそのまま解けます。