特許法の先使用権(79条)|要件・範囲・立証を短答用に整理
弁理士試験短答式の特許法79条・先使用権のまとめ。知らないで自ら発明又は知得、特許出願の際現に、日本国内、事業の実施又は準備という要件、ウォーキングビーム事件の「事業の準備」と範囲、無償・登録不要の効果、立証、79条の2・80条・81条・82条、意匠法29条・商標法32条との違いを整理します。
先使用権は、他人の特許出願より前から同じ発明を使っていた者が、特許が成立した後も事業を続けられるようにする制度です。短答の特許・実用新案20問では、法定通常実施権の一つとして、また意匠法・商標法の先使用権との比較として問われます。条文は79条の1文だけですが、主語の前に要件が4つ並び、効果の側にも「発明及び事業の目的の範囲内において」という限定が付いています。
結論から言うと、79条の枝は「知らないで自ら発明したか、知らないで発明した者から知得したか」「特許出願の際に現に」「日本国内で」「事業をしているか、その準備をしているか」の4要件と、「発明及び事業の目的の範囲内」という効果の限定で読みます。そのうえで、無償であること、登録がいらないこと、商標法32条のような周知性が要らないことを押さえ、79条の2・80条などの隣接する実施権と、意匠法・商標法の先使用権との違いを表で整理すれば、先使用権の枝はまとめて判断できます。
条文はe-Gov法令検索の特許法・意匠法・商標法の原文で、判例は裁判所ウェブサイトの判決文で確認しています。
79条を要件に分解する
79条の本文は次のとおりです。
特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。
これを要件と効果に分けると、次のようになります。
| 区分 | 条文の文言 | 中身 |
|---|---|---|
| 発明の経路 | 知らないで自らその発明をし、又は知らないでその発明をした者から知得して | 他人の出願とは独立に生まれた発明であること |
| 時期 | 特許出願の際現に | 他人の特許出願の時点が基準 |
| 場所 | 日本国内において | 海外だけの事業や準備は含まない |
| 行為 | その発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者 | 実施の事業か、その準備 |
| 効果 | その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、通常実施権を有する | 範囲が二重に限定される |
発明の経路:「知らないで」
79条の「知らないで」は、先使用者が特許の存在を知らないことではなく、発明の出どころを問う要件です。自分で発明した場合は、その発明を、特許出願に係る発明の内容を知らないでしたことが必要です。他人から知得した場合は、知得した相手が、特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者であることが必要です。
したがって、特許出願人から発明の内容を教わって事業を始めた者には、先使用権は生じません。反対に、自社の発明者が独自に完成させた発明を、社内の報告書や仕様書で知得して事業化した会社には生じ得ます。特許庁の事例集は、日本の発明のほとんどが職務発明であることから、発明者とは別の者(企業)が発明を知得して実施する場合がむしろ普通であると説明しています。

出典:特許庁『先使用権制度の円滑な活用に向けて―戦略的なノウハウ管理のために―(第2版)』(平成28年5月、令和4年4月改訂)
時期:「特許出願の際現に」
基準は他人の特許出願の時点です。出願の後に準備を始めた者には先使用権は生じません。優先権の主張を伴う出願では基準がずれます。41条2項は、国内優先権の主張を伴う出願のうち先の出願の当初明細書等に記載された発明について、79条の適用上、先の出願の時にされたものとみなすとしています。パリ条約による優先権の主張を伴う出願についても、後で見るウォーキングビーム事件の最高裁判決は、基準を「特許出願の際(優先権主張日)」と表現しています。
場所:「日本国内において」
事業又はその準備は、日本国内で行われていなければなりません。特許庁の事例集は、海外のみで発明の実施事業やその準備をしても日本での先使用権は認められないとしたうえで、「日本国内において」は発明地を限定するものではないので、外国でされた発明でも、日本国内で事業又はその準備をしていれば先使用権は認められる、と説明しています。

行為:「事業」と「事業の準備」
事業をしている者だけでなく、その準備をしている者も含まれます。どこからが「準備」かが争点になりやすく、最高裁の判断があります。
「事業の準備」と範囲:ウォーキングビーム事件
最高裁判所第二小法廷昭和61年10月3日判決(昭和61年(オ)第454号、ウォーキングビーム式加熱炉事件)は、79条について2つの基準を示しました。

第1は「事業の準備」の意味です。判決は、事業の準備とは、特許出願に係る発明の内容を知らないでこれと同じ内容の発明をした者又はこの者から知得した者が、その発明につき、いまだ事業の実施の段階には至らないものの、即時実施の意図を有しており、かつ、その即時実施の意図が客観的に認識される態様、程度において表明されていることを意味すると述べました。この事件では、発注の見込みのある相手方に見積仕様書等を提出した行為によって、即時実施の意図が客観的に認識されうる態様、程度で表明されていたとされています。
第2は、「実施又は準備をしている発明の範囲」の意味です。判決は、これは特許出願の際(優先権主張日)に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式に限定されるものではなく、その実施形式に具現されている技術的思想すなわち発明の範囲をいうとし、先使用権の効力は、実施形式だけでなく、これに具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶと述べています。
出典:最高裁判所第二小法廷昭和61年10月3日判決・昭和61年(オ)第454号(裁判所ウェブサイト掲載の判決文)
短答では、「出願の際に実施していた実施形式そのものに限られ、設計変更後の製品には及ばない」という枝が作れます。判例の基準では、発明の同一性を失わない範囲の変更であれば先使用権が及ぶので、そのように言い切る枝は誤りです。
「事業の目的の範囲内」
効果の範囲は、発明の範囲だけでなく「事業の目的の範囲内」にも限られます。特許庁の事例集は、原則として、先使用に係る製品の仕入販売だけをしていた者は販売について先使用権を取得するにとどまり、その製品を製造する先使用権は認められないと説明しています。どの実施行為(2条3項)をしていたかが範囲を決める、ということです。

また事例集は、製造の先使用権を持つ製造業者から製品を仕入れて販売する者は、自らは先使用権の要件を満たさなくても特許権侵害にならないとし、その根拠となる裁判例を挙げています。
出典:特許庁『先使用権制度の円滑な活用に向けて―戦略的なノウハウ管理のために―(第2版)』(平成28年5月、令和4年4月改訂)
効果:無償・登録不要・事業とともに移転
先使用権の効果は、特許権について通常実施権を有することです。

- 無償 79条には、79条の2第2項や80条2項のような「相当の対価を受ける権利を有する」という規定がありません。特許庁の「先使用権制度について」のページ(2023年12月15日更新)も、先使用権者は他者の特許権を無償で実施し、事業を継続できると説明しています
- 登録不要 通常実施権は、その発生後に特許権等を取得した者に対しても効力を有します(99条)。登録がなくても対抗できます
- 移転 通常実施権の移転は、実施の事業とともにする場合、特許権者の承諾を得た場合、相続その他の一般承継の場合に限られます(94条1項)。先使用権もこの規律に従います
先使用権は法定通常実施権なので、特許権者の許諾は要りません。侵害訴訟では、被告の抗弁として主張されるのが典型です。専用実施権・通常実施権全体の比較は「特許法の実施権」で整理しています。
先使用権の立証
先使用権は、特許権者から訴えられた側が主張し、その要件となる事実を立証しなければ認められません。特許庁の事例集は、事業又はその準備に至る経緯を、①先使用発明に至る研究開発行為、②先使用発明の完成(又は知得)、③実施である事業の準備、④実施である事業の開始、の4段階に分け、1つの証拠で③や④を直接示せる場合は多くないので、①から④の経緯を一連で立証することが重要だと説明しています。

証拠の日付を確かなものにする手段として、事例集は公証制度(私署証書への確定日付の付与、事実実験公正証書)やタイムスタンプを紹介しています。また、発明の実施が公然と行われていた場合は、29条1項2号の公然実施を理由とする無効の抗弁(104条の3)も主張できると述べています。先使用権は発明をノウハウとして秘匿する企業にとっての防御手段であり、そのための証拠の残し方が実務上の論点になっています。
出典:特許庁『先使用権制度の円滑な活用に向けて―戦略的なノウハウ管理のために―(第2版)』(平成28年5月、令和4年4月改訂)
79条の2・80条・81条・82条との比較
79条の前後には、同じく法律上当然に生じる通常実施権が並んでいます。要件の組立てが似ているため、入れ替えた枝が作られます。
| 条文 | 場面 | 基準時 | 主観の要件 | 相当の対価 |
|---|---|---|---|---|
| 79条 | 先使用 | 特許出願の際 | 発明の内容を知らないで発明(又はその者から知得) | 規定なし |
| 79条の2 | 移転の登録前の実施 | 74条1項による特許権の移転の登録前 | 共同出願違反・冒認に該当することを知らないで | あり(2項) |
| 80条 | 無効審判の請求登録前の実施 | 特許無効審判の請求の登録前 | 特許が無効理由に該当することを知らないで | あり(2項) |
| 81条 | 意匠権の存続期間満了後(原意匠権者) | 意匠権の存続期間の満了 | なし | 規定なし |
| 82条 | 意匠権の存続期間満了後(実施権者) | 意匠権の存続期間の満了 | なし | あり(2項) |
79条の2と80条には、79条と同じく「日本国内において」「事業をしているもの又はその事業の準備をしているもの」「その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において」という文言があります。違いは、誰が権利を持つか(79条の2・80条は元の特許権者や実施権者など、立場が限定される)と、対価の有無です。81条・82条は抵触する意匠権の存続期間満了の場面で、範囲は「原意匠権の範囲内」「原権利の範囲内」と書かれています。
実用新案法・意匠法・商標法との比較
実用新案法は26条で特許法79条を準用しています。意匠法と商標法は独自の規定を置いています。
| 法 | 条文 | 対象 | 周知性 | 主な違い |
|---|---|---|---|---|
| 特許法 | 79条 | 同一の発明 | 不要 | 無償の通常実施権 |
| 実用新案法 | 26条で特許法79条を準用 | 同一の考案 | 不要 | 特許法と同じ |
| 意匠法 | 29条 | その意匠又はこれに類似する意匠 | 不要 | 類似の意匠の創作・実施も含む。29条の2に先出願による通常実施権 |
| 商標法 | 32条 | 指定商品・役務又は類似の商品・役務についての同一又は類似の商標 | 必要 | 不正競争の目的でないこと、継続使用、混同防止表示の請求 |
意匠法29条と29条の2
意匠法29条は、特許法79条と同じ構造で、対象を「その意匠若しくはこれに類似する意匠」に広げています。出願の基準時については、要旨変更の補正が設定登録後に認められた場合(9条の2)や、補正の却下後に新出願をした場合(17条の3第1項)のように、出願が手続補正書を提出した時にしたものとみなされるときは、もとの出願の際又は手続補正書を提出した際を基準とする括弧書きがあります。
意匠法29条の2は、特許法にない「先出願による通常実施権」です。他人の意匠登録出願の日前に自ら意匠登録出願をし、その出願が3条1項各号に該当して拒絶が確定した者で、意匠権の設定の登録の際に現に日本国内で事業又はその準備をしている者に、通常実施権を認めます。基準時が他人の「出願の際」ではなく「設定の登録の際」である点が79条と違います。
商標法32条
商標法32条は、他人の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなく使用をしていた結果、その出願の際現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときに、継続して使用する権利を認めます。特許法79条にはない要件が3つあります。
- 需要者の間に広く認識されていること(周知性)
- 不正競争の目的でないこと
- 継続してその商品又は役務について使用すること
効果も「通常実施権」ではなく「商標の使用をする権利」で、商標権者は混同を防ぐのに適当な表示を付すよう請求できます(32条2項)。業務を承継した者にも同じ権利が認められます。地域団体商標に対する先使用(32条の2)は周知性を要件としていません。商標法の論点は「商標法の短答対策」、地域団体商標は「地域団体商標」で扱っています。
短答の枝ではこう問われる
本試験と同じ形の枝を、条文と判例から書き起こしました(過去問そのものではありません)。
例題 特許法79条に規定する通常実施権(先使用権)に関し、正しいものの数はいくつか。
- イ 特許出願人から発明の内容を開示されてその発明の実施である事業の準備を始めた者であっても、その特許出願の際現に日本国内においてその準備をしていれば、先使用権を有する。
- ロ 先使用権は、特許出願の際に現に実施又は準備をしていた実施形式に具現された発明と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶ。
- ハ 先使用権を有する者は、特許権者に対し相当の対価を支払わなければならない。
- ニ 先使用権は、登録をしなくても、その発生後に特許権を取得した者に対して効力を有する。
- ホ 先使用権が認められるためには、特許出願の際に、その発明の実施である事業に係る製品が需要者の間に広く認識されていることを要する。
正しいのはロ・ニの2つです。イは出願人から知得した者は「知らないでその発明をした者から知得」に当たらないので誤り。ロはウォーキングビーム事件の最高裁判決の基準どおりで正しい。ハは79条に対価の規定がないので誤り。ニは99条により正しい。ホの周知性は商標法32条の要件で、特許法79条には無いので誤りです。
学習の進め方
79条は、条文を「知らないで」「特許出願の際現に」「日本国内において」「事業又はその準備」「発明及び事業の目的の範囲内」の5か所で区切り、それぞれに線を引くところから始めます。次にウォーキングビーム事件の2つの基準(即時実施の意図の客観的な表明、発明の同一性を失わない範囲の変更)を、要件の「準備」と効果の「範囲」に書き込みます。
そのうえで、79条・79条の2・80条・81条・82条を1枚の表にし、基準時・主観の要件・対価の有無を埋めます。最後に意匠法29条・29条の2と商標法32条・32条の2を並べ、「類似まで含むか」「周知性が要るか」「基準時はいつか」の3点を比べます。特許法全体の中での位置付けは「特許法・実用新案法の学習法」、意匠法の各論は「意匠法の短答対策」を参照してください。
まとめ
- 79条の要件は、知らないで自ら発明し又は知らないで発明した者から知得したこと、特許出願の際現に、日本国内において、発明の実施である事業又はその準備をしていること
- 出願人から知得した者には生じない。国内優先権の主張を伴う出願では41条2項により先の出願の時が基準
- 事業の準備は、即時実施の意図があり、それが客観的に認識される態様・程度で表明されていること(最判昭和61年10月3日)
- 範囲は発明及び事業の目的の範囲内。実施形式の変更は発明の同一性を失わない範囲で及ぶが、仕入販売だけの者が製造に広げることは原則できない
- 無償で、登録なしに対抗でき(99条)、移転は事業とともに等に限られる(94条1項)。立証は先使用権を主張する側が負う
- 79条の2・80条・82条には対価の規定があり、79条・81条には無い
- 意匠法29条は類似の意匠を含み、29条の2に先出願による通常実施権がある。商標法32条は周知性・不正競争の目的でないこと・継続使用が必要
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