特許法29条2項の進歩性|動機付け・阻害要因・有利な効果を短答用に整理
弁理士試験短答式の特許法29条2項(進歩性)のまとめ。当業者の意味、引用発明の認定と一致点・相違点、動機付けの4つの観点、阻害要因、有利な効果、設計変更等と単なる寄せ集め、29条1項・29条の2・30条との関係、実用新案法3条2項との違いを整理します。
進歩性(29条2項)は、特許要件のなかで実務上もっとも争われる要件です。短答では、条文の文言そのもの(誰を基準に、いつの時点で、何に基づいて判断するか)と、審査基準が示す判断の枠組み(動機付け・阻害要因・有利な効果)の両方から枝が作られます。条文は1文だけですが、新規性(29条1項)、拡大先願(29条の2)、新規性喪失の例外(30条)との関係を取り違えると、簡単な枝でも落とします。
結論から言うと、29条2項の枝は「特許出願前に」「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が」「29条1項各号の発明に基づいて」「容易に発明をすることができたか」の4つの部品で読みます。そのうえで、審査は「主引用発明を選び、相違点を出し、相違点を埋める論理付けができるか」で進み、進歩性を否定する方向の事情(動機付け・設計変更等・単なる寄せ集め)と肯定する方向の事情(有利な効果・阻害要因)を総合して判断する、という枠組みを押さえれば、進歩性の枝はまとめて判断できます。
条文はe-Gov法令検索の特許法・実用新案法の原文で、審査の考え方は特許庁の「特許・実用新案審査基準」で確認しています。
29条2項の条文を4つの部品に分ける
29条2項は次のように定めています。「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。」
| 部品 | 条文の文言 | 押さえること |
|---|---|---|
| 時点 | 「特許出願前に」 | 1項と同じく出願の時(時刻)が基準。出願日ではない |
| 判断の主体 | 「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」 | 当業者。発明者本人や審査官の能力ではない |
| 判断の材料 | 「前項各号に掲げる発明に基いて」 | 29条1項1号〜3号の公知・公用・文献公知等の発明 |
| 判断の内容 | 「容易に発明をすることができたとき」 | 容易に想到できたかどうか。同一かどうかではない |
「同項の規定にかかわらず」とあるのは、1項各号のどれにも当たらない(新規性がある)発明でも、2項で特許を受けられなくなることを示しています。進歩性は、新規性がある発明について次に検討する要件です。
判断の材料は29条1項各号の発明に限られる
進歩性の判断に使えるのは、本願の出願前に公然知られた発明、公然実施をされた発明、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明です。日本国内か外国かは問いません。
本願の出願前にされていても、出願後に公開された他人の出願(29条の2の先願)は、29条1項各号の発明ではないので、進歩性の判断の材料にはなりません。29条の2は「同一」の場合にだけ後願を排除し、容易に発明できたかは問いません。この違いは「拡大先願(29条の2)の要件」で詳しく扱っています。
当業者とは誰か
審査基準は、当業者を次の条件をすべて備えた者として想定された者としています。

- 請求項に係る発明の属する技術分野の出願時の技術常識を有している
- 研究開発(文献解析、実験、分析、製造等を含む)のための通常の技術的手段を用いることができる
- 材料の選択、設計変更等の通常の創作能力を発揮できる
- 請求項に係る発明の属する技術分野の出願時の技術水準にあるもの全てを自らの知識とすることができ、発明が解決しようとする課題に関連した技術分野の技術も自らの知識とすることができる
当業者は実在の人物ではなく、法が想定する仮想の人物です。審査基準は、個人よりも複数の技術分野の専門家からなるチームとして考えたほうが適切な場合もあるとしています。
出典:特許庁「特許・実用新案審査基準」第III部第2章第2節「進歩性」
審査での判断の進め方
審査基準は、進歩性の判断を「先行技術に基づいて、当業者が請求項に係る発明を容易に想到できたことの論理の構築(論理付け)ができるか否か」を検討することで行うとしています。手順は次のとおりです。
本願発明と引用発明の認定
まず、請求項の記載に基づいて本願発明を認定します。判断は請求項ごとに行います。次に、29条1項各号の発明の中から、論理付けに最も適した1つを「主引用発明」として選びます。審査基準は、主引用発明として、通常、請求項に係る発明と技術分野又は課題が同一であるもの又は近い関係にあるものを選択するとしています。
刊行物に記載された発明は、刊行物に記載されている事項と、記載されているに等しい事項(出願時の技術常識を参酌して導き出せる事項)から把握される発明として認定します。
一致点・相違点の認定
本願発明と主引用発明を対比して、一致点と相違点を明らかにします。相違点がなければ、その発明は29条1項各号の発明と同一なので新規性がありません。相違点があるときに、その相違点を埋める論理付けができるかを検討するのが進歩性の判断です。

論理付けと総合評価
相違点について、他の引用発明(副引用発明)を適用したり、技術常識を考慮したりして、論理付けができるかを検討します。このとき、論理付けができる方向に働く要素(否定方向の要素)と、論理付けを妨げる方向に働く要素(肯定方向の要素)を総合的に評価します。論理付けができれば進歩性は否定され、できなければ肯定されます。
審査基準は、本願の明細書を読んで発明を知った後では、容易に想到できたかのように見えてしまう(いわゆる後知恵)ことに留意すべきだとしています。
進歩性を否定する方向の要素
否定方向の要素は、大きく「副引用発明を適用する動機付け」「主引用発明からの設計変更等」「先行技術の単なる寄せ集め」の3つです。
動機付けの4つの観点
主引用発明に副引用発明を適用して本願発明にたどり着く動機付けがあるかは、次の4つの観点から検討します。

| 観点 | 中身 |
|---|---|
| 技術分野の関連性 | 主引用発明と副引用発明の技術分野が関連している |
| 課題の共通性 | 主引用発明と副引用発明の解決しようとする課題が共通している |
| 作用、機能の共通性 | 主引用発明と副引用発明の作用、機能が共通している |
| 引用発明の内容中の示唆 | 引用発明の内容に、副引用発明を適用することの示唆がある |
4つは総合的に考慮するもので、一つ当たれば直ちに動機付けありとなるものではありません。審査基準は、技術分野の関連性については、他の観点も併せて考慮すべきとしています。短答では「技術分野が関連していれば、それだけで動機付けがあるとされる」という言い切りの枝に注意します。
課題の共通性は、本願の出願時に当業者にとって自明な課題や、当業者が容易に着想し得る課題が共通する場合も含みます。
設計変更等と単なる寄せ集め
副引用発明がなくても、相違点が当業者の通常の創作能力の発揮にすぎない場合は、進歩性が否定される方向に働きます。審査基準が挙げる設計変更等の例は次のとおりです。
- 一定の課題を解決するための公知材料の中からの最適材料の選択
- 一定の課題を解決するための数値範囲の最適化又は好適化
- 一定の課題を解決するための均等物による置換
- 一定の課題を解決するための技術の具体的適用に伴う設計変更や設計的事項の採用
また、発明特定事項の各々が公知で、互いに機能的又は作用的に関連していない場合(先行技術の単なる寄せ集め)も、進歩性が否定される方向に働きます。
進歩性を肯定する方向の要素
肯定方向の要素は、「引用発明と比較した有利な効果」と「阻害要因」の2つです。
引用発明と比較した有利な効果
請求項に係る発明が、引用発明と比較して有利な効果を有していれば、進歩性が肯定される方向に働きます。その効果が技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものである場合は、論理付けができそうに見えても進歩性が肯定されることがあります。
参酌される効果は、明細書に記載されているか、明細書又は図面の記載から当業者がその効果を推論できるものです。審査基準は、意見書等で主張・立証された効果でも、明細書に記載されておらず、記載から推論もできないものは参酌すべきでないとしています。
選択発明や数値限定を伴う発明では、有利な効果の扱いが判断の中心になります。数値範囲の最適化は設計変更等の典型なので、限定された範囲で、引用発明と異質な効果、又は同質であっても際立って優れた効果があるかが問われます。
阻害要因
副引用発明を主引用発明に適用することを妨げる事情があれば、進歩性が肯定される方向に働きます。審査基準が挙げる例は次の4つです。

| 阻害要因の例 | 中身 |
|---|---|
| 目的に反する | 副引用発明を適用すると、主引用発明がその目的に反するものとなる |
| 機能しなくなる | 副引用発明を適用すると、主引用発明が機能しなくなる |
| 適用を排斥している | 主引用発明がその副引用発明の適用を排斥しており、採用されることがあり得ない |
| 劣る例として記載 | 副引用発明の刊行物に、他の実施例より作用効果が劣る例として記載され、当業者が通常は適用を考えない |
阻害要因は「動機付けがない」こととは別の概念です。動機付けがありそうに見えても、阻害要因があれば論理付けは妨げられます。
出典:特許庁「特許・実用新案審査基準」第III部第2章第2節「進歩性」
新規性・拡大先願・30条との関係
進歩性は、周りの条文と組み合わせて問われます。

| 条文 | 進歩性との関係 |
|---|---|
| 29条1項(新規性) | 1項各号の発明が進歩性の判断材料。相違点がなければ1項、相違点があれば2項の問題 |
| 29条の2(拡大先願) | 先願の当初明細書等の記載は進歩性の判断材料にならない。同一(実質同一を含む)のときだけ適用 |
| 30条(新規性喪失の例外) | 1項・2項の適用について効果がある。自分の公開を進歩性の判断材料から外せる |
| 実用新案法3条2項 | 「きわめて容易に」考案をすることができたときに登録を受けられない |
30条1項・2項は、「同項及び同条第二項の規定の適用については」と定めており、例外の効果は新規性だけでなく進歩性にも及びます。自分の発表をもとに改良した発明を出願した場合、その発表は進歩性の判断でも引用されません。ただし29条の2には効果がありません。要件と手続は「新規性喪失の例外(30条)の要件と手続」で整理しています。
実用新案法3条2項は「きわめて容易に」と定めており、特許法29条2項の「容易に」より基準が緩やかです。実用新案技術評価(実用新案法12条1項)の対象には、3条2項のうち1項3号の考案(文献公知等)に係るものが入っています。
進歩性違反が問題になる手続
29条2項違反は、手続の段階ごとに次の形で現れます。
- 審査:拒絶理由(49条2号)
- 特許後:特許異議の申立ての理由(113条2号)、特許無効審判の無効理由(123条1項2号)
- 補正・訂正:最後の拒絶理由通知後などに特許請求の範囲の減縮を目的とする補正をするときは、補正後の発明が出願の際独立して特許を受けることができること(独立特許要件)が求められ(17条の2第6項による126条7項の準用)、進歩性もここで判断される
独立特許要件と補正の時期の関係は「特許法の補正の時期と制限」で扱っています。
短答の枝ではこう問われる
本試験と同じ形の枝を、条文と審査基準から書き起こしました(過去問そのものではありません)。
例題 特許法29条2項に関し、正しいものの数はいくつか。
- イ 進歩性の判断の基準となるのは、その発明をした発明者本人の知識及び能力である。
- ロ 甲の特許出願Aの後、その出願公開前に乙が特許出願Bをした。Bに係る発明がAの願書に最初に添付した明細書に記載された発明から容易に発明をすることができたものであるときは、Bは29条2項の規定により拒絶される。
- ハ 特許を受ける権利を有する者の行為に起因して刊行物に記載された発明について30条2項の規定の適用を受けた場合、その発明は、出願に係る発明の進歩性の判断においても、29条1項各号に該当するに至らなかったものとみなされる。
- ニ 審査基準によれば、主引用発明と副引用発明の技術分野が関連していれば、他の観点を考慮するまでもなく、副引用発明を適用する動機付けがあるとされる。
- ホ 審査基準によれば、意見書で主張された有利な効果であっても、明細書に記載されておらず、かつ明細書又は図面の記載から当業者が推論できないものは参酌されない。
正しいのはハ・ホの2つです。イは当業者が基準なので誤り。ロは、Aは本願Bの出願前に公開されていないので29条1項各号の発明ではなく、進歩性の判断材料になりません(同一であれば29条の2の問題)。ハは30条2項が「同項及び同条第二項の規定の適用については」と定めるので正しい。ニは技術分野の関連性だけで判断せず他の観点も併せて考慮するので誤り。ホは審査基準のとおりで正しいです。
学習の進め方
進歩性は、条文の4つの部品と、審査基準の判断の流れの2枚に分けて整理します。

1枚目は条文です。「出願前(時刻)」「当業者」「1項各号の発明」「容易に」を、隣接条文の対応する文言と並べます。29条の2は「同一」、実用新案法3条2項は「きわめて容易」、30条は「同項及び同条第二項」と書き出せば、入れ替えの枝はほぼ判断できます。
2枚目は判断の流れです。「本願発明の認定 → 主引用発明の選択 → 一致点・相違点 → 論理付け」の4段を書き、論理付けの段の左右に否定方向(動機付けの4観点・設計変更等・寄せ集め)と肯定方向(有利な効果・阻害要因の4例)を並べます。この記事の表を見ずに再現できれば、審査基準を問う枝にも対応できます。特許要件全体の中での位置付けは「特許法・実用新案法の学習法」を参照してください。
よくある質問
新規性と進歩性はどちらを先に判断しますか
新規性が先です。本願発明と主引用発明を対比して相違点がなければ新規性がなく(29条1項)、相違点があるときに、その相違点を埋める論理付けができるかを進歩性(29条2項)として判断します。
出願と同じ日に公開された論文は進歩性の判断に使えますか
29条は「特許出願前」と定めており、出願の時刻が基準です。同じ日でも、出願の時刻より前に公開されていれば29条1項各号の発明になり、進歩性の判断材料になり得ます。
周知技術であれば必ず相違点を埋められますか
周知技術も論理付けに使えますが、適用する動機付けや阻害要因の有無は同じように検討します。周知であることだけで、論理付けができるとは限りません。
まとめ
- 29条2項は「出願前(時刻)」「当業者」「29条1項各号の発明に基づいて」「容易に発明できたか」の4つの部品で読む
- 当業者は出願時の技術常識・通常の技術的手段・通常の創作能力・技術水準の全てを備えた仮想の者。発明者本人ではない
- 審査は主引用発明の選択、一致点・相違点の認定、論理付けの検討の順。相違点がなければ新規性の問題
- 否定方向は動機付け(技術分野の関連性・課題の共通性・作用機能の共通性・引用発明の内容中の示唆)、設計変更等、単なる寄せ集め
- 肯定方向は有利な効果(明細書に記載又は推論できるもの)と阻害要因(目的に反する・機能しなくなる・排斥・劣る例)
- 29条の2の先願は進歩性の判断材料にならない。30条の効果は29条2項にも及ぶ。実用新案法3条2項は「きわめて容易に」
- 29条2項違反は拒絶理由(49条2号)、異議理由(113条2号)、無効理由(123条1項2号)。減縮の補正では独立特許要件として問われる
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