商標法の先使用権(32条)|周知性・混同防止表示と特許法79条の違い
弁理士試験短答式の商標法32条・先使用権のまとめ。他人の出願前からの不正競争の目的でない使用と出願時の周知性、継続使用の権利の範囲、混同防止表示の請求(32条2項)、地域団体商標の特則(32条の2)、無効審判請求の登録前の使用による権利(33条)、後用権(60条)、特許法79条との違いを整理します。
商標法32条の先使用権は、他人が商標登録をする前から同じ商標を使ってきた人を守る規定です。短答式では、特許法79条の先使用権と並べて「周知性が要るのはどちらか」「不正競争の目的の要件はどちらにあるか」を入れ替える枝が繰り返し作られます。さらに商標法には、32条のほかにも「登録商標と同じ商標を一定の事情で使い続けられる権利」が複数あり(32条の2、33条、33条の2、33条の3、60条)、条番号が近いので混同しやすいところです。
結論から言うと、32条の枝は「他人の出願前から、不正競争の目的でなく使用していた」「その出願の際に、自己の業務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていた」「継続して使用する場合に、その商品・役務についてその商標を使用できる」「商標権者・専用使用権者は混同防止表示を請求できる」の4点で読めば判断できます。周知性を要する点が特許法79条との最大の違いで、地域団体商標の先使用(32条の2)では周知性が不要になるという例外まで押さえれば、入替えの枝は落としません。
この記事では、32条1項の要件、権利の範囲、2項の混同防止表示請求、32条の2の特則、33条以下の類似の権利、特許法79条との比較、不正競争防止法との関係、短答で狙われる型の順に整理します。条文はe-Gov法令検索の商標法・特許法・不正競争防止法原文で確認しています。
32条の趣旨
商標法は登録主義を採り、先に出願した者に商標権を与えます(8条)。しかし、登録前から商標を使って信用を築いてきた人がいる場合、登録商標権者がその人の使用まで差し止められるとすると、現に蓄積されている信用と、その商標を目印にしてきた需要者の利益が害されます。そこで32条は、登録前の使用によって周知になっていた商標について、使用者に継続使用の権利を認め、同時に商標権者側には混同を防ぐ表示を求める権利を与えて、両者を調整しています。

商標権の効力そのものを一般的に制限する26条(自己の氏名、普通名称、慣用商標など)が「使用の態様」に着目した規定であるのに対し、32条は「使用者の地位」に着目した規定です。26条は「商標法26条の効力が及ばない範囲」で扱っています。
32条1項の要件
32条1項は、他人の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなくその商標登録出願に係る指定商品・役務またはこれらに類似する商品・役務についてその商標またはこれに類似する商標の使用をしていた結果、その商標登録出願の際、現にその商標が自己の業務に係る商品・役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、その者は、継続してその商品・役務についてその商標の使用をする場合は、その商品・役務についてその商標の使用をする権利を有すると定めています。業務を承継した者についても同様です。
| 要件 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 時期 | 他人の商標登録出願「前」から使用 | 出願後に使い始めても対象外 |
| 場所 | 日本国内 | 外国での使用は数えない |
| 主観 | 不正競争の目的でないこと | 他人の商標の信用にただ乗りする目的があれば否定 |
| 対象 | 出願に係る指定商品・役務またはこれに類似する商品・役務について、その商標またはこれに類似する商標を使用 | 類似の範囲での使用も対象 |
| 周知性 | 出願の「際」に、自己の業務に係る商品・役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていること | 使用の結果として周知になっていることが必要 |
| 継続 | 継続してその商品・役務についてその商標の使用をする場合 | 使用を中断すれば権利も失う |
条文:商標法32条1項(e-Gov法令検索)
「出願前から」と「出願の際に周知」の2つの時点
32条1項には時点が2つあります。使用の開始は他人の出願「前」、周知性の判断は他人の出願の「際」です。出願前から使っていても、出願の時点でまだ周知になっていなければ先使用権は生じません。逆に、出願の時点で周知であれば、その後に周知性が薄れても、継続して使用している限り権利は続きます。
条文の括弧書きは、出願の際の基準時について、補正によって出願が手続補正書を提出した時にしたものとみなされたとき(9条の4、17条の2第1項などで準用する意匠法17条の3第1項)は、もとの出願の際または手続補正書を提出した際とすると定めています。要旨を変更する補正で出願日が繰り下がった場合の調整です。細部は深追いせず、「出願日が動けば周知性の基準時も動く」と押さえておけば足ります。

周知性の程度
「需要者の間に広く認識されている」という文言は、4条1項10号(他人の周知商標)と同じです。ただし、32条の周知性は、10号の周知性より狭い範囲でよいと解されています。10号は他人の登録を拒む根拠になる規定なので全国的でなくてもある程度広い範囲の認識が求められるのに対し、32条は既に生じている自分の信用を守るための規定なので、一地方で知られていれば足りるという考え方です。短答では程度の違いが直接問われることは少なく、「周知性が要件である」こと自体が問われます。
不正競争の目的でないこと
不正競争の目的とは、他人の商標に化体した信用を利用して不当に利益を得ようとする目的をいいます。他人が使い始めた商標を知りながら、その評判に便乗して先に使い出したような場合は、出願前から使っていて周知でも先使用権は認められません。この要件は特許法79条にはなく、商標法に特有です。
権利の範囲と効果
使用できるのは「その商品・役務についてその商標」
先使用権者が使用できるのは、「その商品又は役務についてその商標」です。出願の際に現に使用して周知になっていた商標を、その商品・役務について継続して使う範囲に限られます。先使用権があるからといって、使用する商品を広げたり、商標の態様を大きく変えたりすることはできません。

もっとも、要件の段階で「類似する商品・役務について類似する商標を使用していた」場合も含まれているので、もともと登録商標と類似する商標を類似商品に使っていて周知になっていた人は、その類似する商標と類似商品の組合せについて先使用権を持ちます。「先使用権は登録商標と同一の商標を同一の商品に使用していた場合に限って生ずる」という枝は誤りです。
無償で、業務とともに承継する
32条には対価の定めがありません。先使用権者は商標権者に対価を支払うことなく使用を続けられます。これは後述する33条が「相当の対価」を定めているのと対照的です。
承継については、32条1項後段が「当該業務を承継した者についても、同様とする」と定めています。先使用権は業務に結び付いた権利なので、業務と切り離して先使用権だけを譲渡することはできず、業務の承継に伴って移転します。
混同防止表示の請求(32条2項)
32条2項は、当該商標権者又は専用使用権者は、先使用権者に対し、その者の業務に係る商品・役務と自己の業務に係る商品・役務との混同を防ぐのに適当な表示を付すべきことを請求できると定めています。先使用権によって同じ商標が2つの出所から使われることになるので、需要者が混同しないよう、たとえば地名や製造者名を添えることを求められるようにした規定です。
請求できるのは商標権者と専用使用権者で、通常使用権者は含まれません。

条文:商標法32条2項(e-Gov法令検索)
地域団体商標の先使用(32条の2)
32条の2は、地域団体商標についての先使用権です。他人の地域団体商標の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなくその出願に係る指定商品・役務またはこれに類似する商品・役務についてその商標またはこれに類似する商標の使用をしていた者は、継続してその商品・役務についてその商標の使用をする場合は、使用をする権利を有すると定めています。
32条1項との違いは、周知性の要件がないことです。地域団体商標は、地域名と商品名からなる商標で、同じ地域の事業者であれば以前から普通に使っていた可能性が高く、周知性まで求めると組合に入っていない事業者の使用が一斉に違法になってしまいます。そこで出願前からの善意の使用だけで継続使用を認めています。32条の2第2項は32条2項と同様の混同防止表示請求を定めています。地域団体商標の制度全体は「地域団体商標(7条の2)」で扱っています。
条文:商標法32条の2(e-Gov法令検索)

条番号が近い他の使用権
商標法には、32条のほかにも、一定の事情で登録商標と同一・類似の商標を使い続けられる権利があります。条番号が並んでいるので、どの場面の規定かを整理しておきます。
| 条文 | 場面 | 周知性 | 対価 | 混同防止表示請求 |
|---|---|---|---|---|
| 32条 | 他人の出願前からの使用(先使用権) | 必要(出願の際) | なし | あり |
| 32条の2 | 地域団体商標の出願前からの使用 | 不要 | なし | あり |
| 33条 | 無効審判の請求の登録前の善意の使用(原商標権者等) | 必要(請求の登録の際) | あり(相当の対価) | あり(32条2項準用) |
| 33条の2・33条の3 | 商標権と抵触する特許権等の存続期間満了後の原特許権者等の使用 | 不要 | なし | あり |
| 60条 | 再審により回復した商標権についての、審決確定後再審請求の登録前の善意の使用(後用権) | 必要(再審請求の登録の際) | なし | あり |
条文:商標法32条、32条の2、33条、33条の2、33条の3、60条(e-Gov法令検索)
33条:無効審判の請求の登録前の使用

33条1項は、類似する商標について2以上の登録があってその一方を無効にした場合の原商標権者、無効にして正当権利者に登録をした場合の原商標権者、およびこれらの場合に無効審判の請求の登録の際現に専用使用権・通常使用権を持っていた者が、無効審判の請求の登録前に、無効理由に該当することを知らないで使用し、その商標が自己の業務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、継続して使用する権利を有すると定めています。いったん登録を受けて使ってきた人が、登録を無効にされた後も使い続けられるようにした規定で、「中用権」と呼ばれることがあります。
32条と違い、33条2項は商標権者・専用使用権者が相当の対価を受ける権利を有すると定めています。32条の先使用者は登録より前から使っていた人ですが、33条の使用者は本来登録できなかった商標を使っていた人なので、無償ではなく対価を払う建付けです。3項で32条2項が準用され、混同防止表示の請求もできます。
33条の2・33条の3:特許権等の満了後の使用
33条の2は、商標登録出願の日前またはこれと同日の出願に係る特許権が商標権と抵触する場合に、その特許権の存続期間が満了したとき、原特許権者が、原特許権の範囲内で、その商標権に係る指定商品・役務について、不正競争の目的でなく、その登録商標またはこれに類似する商標の使用をする権利を有すると定めています。33条の3は、満了の際に原特許権についての専用実施権や通常実施権を持っていた者について同様に定めます。実用新案権・意匠権についても準用されます。特許権が先に存在した以上、特許権者が特許発明の実施として行っていた行為を、特許権の満了によって商標権侵害にしないための規定です。
60条:再審により回復した商標権の後用権
60条は、取消しまたは無効の審決が確定した後、再審によって商標権が回復した場合に、審決確定後再審の請求の登録前に、善意で日本国内において使用をし、その商標が自己の業務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、継続して使用する権利を有すると定めています。「後用権」と呼ばれる権利で、商標権が消えていた期間に使い始めた人を守ります。なお59条は、同じ期間の善意の使用には回復した商標権の効力が及ばないことを定めており、60条はその期間を越えて将来に向けた使用権を認める規定です。
特許法79条との違い
特許法79条の先使用権は、特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、または知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者またはその事業の準備をしている者に、その実施または準備をしている発明および事業の目的の範囲内で通常実施権を認める規定です。
| 項目 | 商標法32条 | 特許法79条 |
|---|---|---|
| 守る対象 | 使用によって蓄積した信用 | 独自に得た発明の実施事業への投資 |
| 開始時期 | 他人の出願前から使用 | 出願の際に実施事業または事業の準備 |
| 周知性 | 必要 | 不要 |
| 主観的要件 | 不正競争の目的でないこと | 発明の内容を知らないで自ら発明、または知らないで知得 |
| 「準備」 | 現実の使用が必要 | 事業の準備でも足りる |
| 権利の性質 | 使用をする権利 | 通常実施権(法定通常実施権) |
| 範囲 | その商品・役務についてその商標 | 実施または準備をしている発明および事業の目的の範囲内 |
| 対価 | なし | なし |
| 混同防止表示請求 | あり | なし |
| 承継 | 業務の承継に伴う | 実施の事業とともに移転(94条1項) |
条文:商標法32条、特許法79条、94条1項(e-Gov法令検索)
違いの根本は、保護の対象です。特許法は新しい技術を独自に生み出して事業化した人の投資を守るので、他人の発明を知らずに実施していれば足り、知られているかどうかは問題になりません。商標法は使用によって生まれた信用を守るので、守るべき信用が現に存在すること、すなわち周知性が要件になります。特許法79条の要件と範囲は「特許法の先使用権(79条)」で扱っています。
不正競争防止法との関係
先使用者の商標が周知であるとき、その商標は不正競争防止法2条1項1号の「周知な商品等表示」でもあります。商標権者の方が後から使い始めた場合、商標権者の使用が先使用者の周知表示と混同を生じさせる行為として、不正競争防止法上の差止めの対象になることがあります。登録商標の使用であることは、不正競争防止法の適用を当然には排除しません。
逆に、不正競争防止法19条1項には、他人の商品等表示が周知になる前からその表示を不正の目的でなく使用していた者について、2条1項1号の適用を除外する規定があります。商標法32条と似た構造の先使用の保護が、不正競争防止法にも置かれているということです。2条1項1号〜3号の構造は「不正競争防止法2条1項1号〜3号」で扱っています。
短答で狙われる型
第1の型:周知性の要否の入替え。商標法32条は周知性が必要、特許法79条は不要、商標法32条の2(地域団体商標)は不要です。「商標法の先使用権は特許法と同様に周知性を要しない」「地域団体商標についての先使用権にも周知性が必要」はいずれも誤りです。
第2の型:2つの時点の入替え。使用の開始は出願「前」、周知性は出願の「際」です。「出願後に周知になれば足りる」「出願の際に使用を開始していれば足りる」は誤りです。
第3の型:主観的要件の入替え。不正競争の目的でないことが要件なのは商標法で、特許法79条は発明の内容を知らないことが要件です。
第4の型:混同防止表示請求の主体。請求できるのは商標権者と専用使用権者で、通常使用権者は含まれません。
第5の型:対価の有無。32条の先使用権は無償、33条の使用権は相当の対価が必要です。条番号を入れ替えて「先使用権者は商標権者に相当の対価を支払わなければならない」とする枝が作られます。
第6の型:範囲の拡張。先使用権者が使えるのは、出願の際に使用していたその商品・役務についてのその商標に限られ、商品を広げたり別の商標に変えたりはできません。
学習の進め方
32条は条文を音読して、「出願前から」「不正競争の目的でなく」「出願の際現に」「広く認識」「継続して」の5か所に線を引きます。次に32条の2、33条、33条の2、33条の3、60条を順に読み、「周知性」「対価」「混同防止表示」の3列の表を自分で作ります。この表は上の比較表と同じものになるはずで、作れれば条番号の混同はなくなります。
最後に特許法79条を開き、要件を横に並べます。四法対照の条文集を使っている人は、特許法79条の横に商標法32条を書き込んでおくと、入替えの枝に即応できます。四法対照の使い方は「条文の覚え方」で扱っています。商標法全体の学習順序は「商標法の短答対策」を参照してください。
まとめ
- 商標法32条1項:他人の出願前から日本国内で不正競争の目的でなく使用し、出願の際に自己の業務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていれば、継続してその商品・役務についてその商標を使用する権利を持つ。業務の承継人も同様
- 対価は不要。商標権者・専用使用権者は混同防止表示を請求できる(32条2項)
- 地域団体商標の先使用権(32条の2)は周知性が不要
- 33条は無効審判の請求の登録前の善意の使用による権利で、周知性が必要、相当の対価が必要。33条の2・33条の3は特許権等の満了後の原特許権者等の使用権。60条は再審で回復した商標権についての後用権
- 特許法79条との違いは、周知性の要否、不正競争の目的か発明の不知か、事業の準備で足りるか、混同防止表示請求の有無
- 先使用者の周知商標は不正競争防止法2条1項1号の表示でもあり、同法19条1項にも先使用の適用除外がある
先使用権が問題になる前提である登録要件の類否判断は「商標の類否判断(4条1項11号)」で扱っています。
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